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東京地方裁判所 平成3年(ワ)17906号 判決 1995年12月26日

原告 秋田義雄

右訴訟代理人弁護士 青木武男

被告 秋田信用金庫

右代表者代表理事 高橋祐之助

右訴訟代理人弁護士 深井昭二

被告 伊藤堅吉

被告 中村廣藏

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金二億円及びこれに対する平成二年七月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、五分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金一〇億円及びこれに対する平成二年七月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、被告中村廣藏(以下「被告中村」という。)が、被告秋田信用金庫(以下「被告秋田信金」という。)の従業員としていわゆる預金小切手四通(額面合計一六億円)を偽造して、振り出し、被告伊藤堅吉(以下「被告伊藤」という。)が、平成元年一二月一三日ころから同二年七月九日ころまでの間、同小切手を用いて九回にわたり原告から借用名下に合計一三億五〇〇〇万円を騙取し、その結果、原告に一〇億円の損害を与えたとして、原告が、被告中村及び同伊藤に対しては共同不法行為に基づき、被告秋田信金に対しては被告中村の使用者として民法七一五条一項に基づき被告らに対し連帯して一〇億円の損害賠償を求めている事案である。

二  争いのない事実等

1  被告中村は、被告秋田信金の従業員であり、平成二年四月一日まで同信金南通り支店長、同日から仁井田支店長となり、同年八月一日に同支店長を解かれ休職を命じられ、同三年一〇月一七日懲戒免職となった(乙八六の1ないし3)。

2  被告中村は、被告秋田信金在職中、権限を濫用し、預金の引当てがないにもかかわらず、次のとおり、支払人被告秋田信金(後記(一)ないし(三)の小切手は、同被告南通り支店、後記(四)の小切手は、同被告仁井田支店)、振出人被告秋田信金支店長被告中村(後記(一)ないし(三)の小切手は、同被告南通り支店長、後記(四)の小切手は、同被告仁井田支店長)とする預金小切手を振り出した(以下、四通の小切手を「本件小切手」という。)(甲一ないし四)。

3  被告伊藤は、前記2(一)の小切手(以下「本件小切手(一)」という。)を被告中村から交付を受け、平成元年一二月一三日ころ、原告方に持参し、原告に対し、右小切手は被告伊藤又は同被告が実質的に経営している会社の裏金であるが、この小切手を銀行で現金化すると税務署に裏金が発覚し、脱税で摘発を受けるので現金化はできないと説明し、原告に右小切手を担保に二億円の借入れを申し込んだ。

小切手番号 額面 振出日付

(一) B000693 三億円 平成元年一二月一二日

(二) B002581 三億円 同年一二月二六日

(三) B002551 五億円 同二年五月二二日

(四) B004498 五億円 同二年一〇月一九日

原告は、自己の取引銀行から振出人である被告秋田信金南通り支店に右小切手が正規に振り出されたものかを照会してもらったところ同支店長の被告中村は、右小切手は正規に振り出したものである旨回答した。

そこで、原告は、右小切手を担保として平成元年一二月一四日、二億円を被告伊藤の指定預金口座に振り込んで貸し付けた(甲五、弁論の全趣旨)。

4  被告伊藤は、前記2(二)の小切手(以下「本件小切手(二)という。)を被告中村から交付され、平成元年一二月二七日ころ、原告方に持参し、前記3と同様の説明をし、原告に右小切手を担保に三億円の借入れを申し込んだ。

原告は、右小切手について前記3と同様の照会をし、同様の回答を得たのち、原告は、右小切手を担保として同日、金員を貸し付けた(金額と金員交付の方法(現金か振込か)については後記のとおり争いがある。)(甲六、弁論の全趣旨)。

5  被告伊藤は、平成二年四月二〇日ころ、原告に一億円の借入を申し込み、原告は本件小切手(一)(二)の小切手の担保余力があることから同日一億円を被告伊藤の指定預金口座に振り込んで貸し付けた(甲七、弁論の全趣旨)。

6  被告伊藤は、平成二年五月三一日、原告に五〇〇〇万円の借入を申し込み、同日、原告は五〇〇〇万円を被告伊藤の指定預金口座に振り込んで貸し付けた(甲九、弁論の全趣旨)。

7  被告伊藤は、平成二年六月七日、原告に一億円の借入を申し込み、同日、原告は一億円を被告伊藤の指定預金口座に振り込んで貸し付けた(甲一〇、弁論の全趣旨)。

8  平成二年六月二〇日、原告に対し、三億五〇〇〇万円が返済された。

9  被告伊藤は、平成二年六月二六日、原告に一億五〇〇〇万円の借入れを申し込み、同日、原告は五〇〇〇万円と一億円の二口、合計一億五〇〇〇万円を被告伊藤の指定預金口座に振り込んで貸し付けた(甲一一、一二、弁論の全趣旨)。

10  被告伊藤は、平成二年七月九日ころ、原告に一億円の借入れを申し込み、同日、原告は一億円を被告伊藤の指定預金口座に振り込んで貸し付けた(甲一三、弁論の全趣旨)。

11  被告伊藤は、平成二年七月二三日ころ、原告に二〇〇〇万円の借入れを申し込み、同日、原告は二〇〇〇万円を被告伊藤の指定預金口座に振り込んで貸し付けた(甲一四、弁論の全趣旨)。

12  平成二年八月ころ、被告伊藤は、前記2(三)の小切手(以下「本件小切手(三)という。)が被告秋田信金の支店長の振り出しによるものである旨の被告秋田信金仁井田支店長名義の証明書を原告に持参した(甲一五、弁論の全趣旨)。

13  平成二年一〇月二〇日、被告伊藤は、原告に前記2(四)の小切手(以下「本件小切手(四)」という。)を持参し、原告は右小切手の引換えに本件小切手(一)(二)を被告伊藤に返却した(甲四、弁論の全趣旨)。

14  原告は、平成三年一〇月一七日、前記2(三)(四)の小切手を支払人に呈示したが、被告秋田信金は偽造を理由に支払を拒絶した。その後も原告と被告秋田信金は右小切手の支払いについて交渉を行ったが、被告秋田信金は、右小切手の偽造を主張し、支払いを断った(甲三、四、弁論の全趣旨)。

三  争点

1  被告中村が本件小切手を偽造したか否か、被告中村と同伊藤との共謀があったか否か。

(原告)

被告中村及び同伊藤は、共謀の上、被告中村において被告秋田信金支店長在職中に権限を濫用し、本件小切手を偽造し、原告から本件小切手が正規に振り出されたかどうかの問い合わせに対し、本件小切手(一)ないし(三)については、被告中村自身が正規に振り出されたものである旨回答し、被告伊藤は、原告に対し、偽造の本件小切手を正規の小切手と誤信させ、貸金名下に原告から一三億五〇〇〇万円を騙取し、原告に一〇億円の損害を与えた。

2  平成元年一二月二七日ころ、原告が本件小切手(二)を担保として被告伊藤に交付した金額及び交付の方法

(原告)

被告伊藤は、本件小切手(二)を被告中村から渡され、平成元年一二月二七日ころ、原告方に持参し、原告に右小切手を担保に三億円の借入れを申し込んだ。

原告は、右小切手について被告秋田信金に正規のものか照会し、正規のものである旨の回答を得た上、原告は、右小切手を担保として同日、三億円を現金で貸し付けた。

3  平成二年五月二三日、原告が被告伊藤に対し、本件小切手(三)を担保に三億三〇〇〇万円を現金で交付したか。

(原告)

被告伊藤は、平成二年五月二三日、本件小切手(三)を原告方に持参し、原告に右小切手を担保に三億三〇〇〇万円の借入を申し込んだ。

原告は、右小切手について被告秋田信金に正規のものか照会したところ被告中村は仁井田支店長に転勤していたため、同支店へ照会したところ被告中村自身によって正規に振り出されたものであることを確認した。そこで、原告は、右小切手を担保として同日、被告伊藤に三億三〇〇〇万円を現金で貸し付けた。

4  仮に、被告らに不法行為が成立する場合、原告の受けた損害は、被告伊藤によって弁済されたか。

(一) 平成元年一二月一四日交付の二億円(以下、「平成元年一二月一四日交付分」という。)について

(被告ら)

(1) 平成元年一二月一四日交付分に対しては平成二年三月八日、被告伊藤の経営する訴外株式会社シーケイジャパン(以下「訴外シーケイジャパン」という。)が、二億円を足利銀行日本橋支店から住友銀行虎ノ門支店原告口座に振り込み(以下「平成二年三月八日付振込み」という。)、返済した。

(2) 原告は、平成二年三月八日付振込みは同二年二月二六日に貸し付けた二億円に対する返済であると主張するが、右二億円の借入分については、同二年四月四日、訴外シーケイジャパンが、二億七〇〇〇万円を住友銀行丸の内支店から同銀行虎ノ門支店原告口座に振り込み、返済した。

(3) 原告は、平成二年四月四日の右振込みは同二年三月七日、被告伊藤に貸し付けた二億七〇〇〇万円の分に対する返済であると主張する。

しかし、確かに平成二年三月七日付の被告伊藤直筆の借用証(甲二四)があるが、これは、同年二月二六日の原告からの二億円の借入れを返済しないまま、同年三月七日原告から七〇〇〇万円を借入れ、そのときに合計額二億七〇〇〇万円の右借用証を作成したものであり、右二億七〇〇〇万円の記載の中に同年二月二六日の二億円は含まれており、したがって、平成二年四月四日の右振込みが同二年三月七日、被告伊藤に貸し付けた二億七〇〇〇万円の分に対する返済であるということは、正に同二年二月二六日の貸付分に対する返済である。

(二) 平成元年一二月二七日交付の三億円(以下、「平成元年一二月二七日交付分」という。)について

(被告ら)

(1) 平成元年一二月二七日交付分の三億円は、平成三年三月一一日、訴外シーケイジャパンが、三億三四〇〇万円を東海銀行赤坂支店から住友銀行虎ノ門支店原告口座に振り込み(以下「平成三年三月一一日付振込み」という。)、返済した。三四〇〇万円は金利である。

(2) 原告は、平成三年三月一一日付振込みの三億三四〇〇万円の振込みは、平成二年六月二一日の三五〇〇万円及び同年一一月八日の三億円の貸付け(合計三億三五〇〇万円)分に対する返済であると主張するが、右借入分は、同二年六月二五日、三五〇〇万円を、同三年四月一六日、三億円を住友銀行虎ノ門支店原告口座に振込み、返済した。

(3) 原告は、右三五〇〇万円の振込みは、平成二年三月一九日の一五〇〇万円、同月三〇日の二〇〇〇万円の貸付けに対する返済であり、同三年四月一六日、三億円の振込みは、平成二年一二月一九日の六〇〇〇万円、同三年二月二一日の二〇〇〇万円、同年三月一四日の一億一〇〇〇万円、同月二〇日の一億一〇〇〇万円の貸付けに対する返済であると主張する。

しかし、平成二年三月一九日の一五〇〇万円の貸付けに対する返済は、同月二七日に返済しており、同月三〇日の二〇〇〇万円の貸付けは、同年四月二〇日に二億四〇〇〇万円の返済によって返済されている。

原告が、右三億円の振込みに対する債務と主張する平成二年一二月一九日の六〇〇〇万円の借入れ分は、実際の借入金は六〇〇〇万円であったが、名目上の借入金は六五〇〇万円(利息五〇〇万円)であり、これは、原告からの他の借入金三〇〇〇万円と共に同年一二月二七日返済した。

同三年二月二一日の二〇〇〇万円の借入れ分は、同年二月二二日に一八〇〇万円、同月二五日に二〇〇万円を返済した。

同月一四日の一億一〇〇〇万円の借入れ分は、同年五月三一日に原告に返済した四億五五〇〇万円の中に含まれている。

同月二〇日の一億一〇〇〇万円の借入れ分は、実際の借入金は一億一〇〇〇万円であったが、名目上の借入金は一億二〇〇〇万円(利息一〇〇〇万円)であり、これは、同年四月五日に一億円、同月一一日に二〇〇〇万円に分割して返済した。

(三) 平成二年四月二〇日交付の一億円(以下「平成二年四月二〇日交付分」という。)について

(被告ら)

(1) 平成二年四月二〇日交付分については、平成三年一月二八日、一億円を住友銀行東新宿支店から同銀行虎ノ門支店原告口座に振り込み(以下「平成三年一月二八日付振込み」という。)、返済した。

(2) 原告は、平成三年一月二八日付振込みは、平成二年八月一〇日の貸付けの返済であると主張するが、同借入れは、同年九月一〇日、同月一四日に各五〇〇〇万円を東海銀行から住友銀行虎ノ門支店原告口座に振込み、返済した。

(3) 原告は、右各振込みは、平成二年七月二七日の一億円の貸付けに対する返済であると主張するが、右借入れについては、平成二年八月八日、被告秋田信金南通り支店から住友銀行虎ノ門支店原告口座に振込み、返済した。

(四) 平成二年五月二三日交付の三億三〇〇〇万円(以下「平成二年五月二三日交付分」という。)について

(被告ら)

仮に、平成二年五月二三日交付分が認められるとしても同年六月二〇日に三億五〇〇〇万円を返済した。

(五) 平成二年五月三一日交付の五〇〇〇万円(以下「平成二年五月三一日交付分」という。)について

(被告ら)

(1) 平成二年五月三一日付交付分の事実は認めるが、手形決済資金のために一日間だけ借り入れ、平成二年五月三一日に五〇〇〇万円振り込んで返済した(以下「平成二年五月三一日付振込み」という。)。なお同日利息として一〇〇万円も支払った。

(2) 原告は、平成二年五月三一日付振込みを同月一九日の五〇〇〇万円の貸付けに対する返済であると主張するが、同借入れについては、同三年五月一三日に返済した。

(六) 平成二年六月七日交付の一億円(以下「平成二年六月七日交付分」という。)について

(被告ら)

(1) 平成二年六月七日交付分の事実は認めるが、平成二年六月八日に一億円振り込んで返済した(以下「平成二年六月八日付振込み」という。)。

(2) 原告は、平成二年六月八日付振込みを平成二年四月二五日の一億円の貸付けに対する返済であると主張するが、右借入れについては、平成三年二月四日、東海銀行赤坂支店から住友銀行虎ノ門支店原告口座に振込み、返済した。

(3) 原告は、右振込みを平成二年一一月二七日の五〇〇〇万円、同三年一月三一日の五〇〇〇万円の貸付けに対する返済であると主張するが、右借入れについては、平成二年一一月二七日の五〇〇〇万円は、同年一二月二八日に返済しており、同三年一月三一日の五〇〇〇万円は、同年五月一三日に返済した。

(七) 平成二年六月二六日交付の一億五〇〇〇万円(以下「平成二年六月二六日交付分」という。)について

(被告ら)

(1) 平成二年六月二六日交付分の事実は認めるが、平成二年七月二日に一億五〇〇〇万円振り込んで返済した(以下「平成二年七月二日付振込み」という。)。

(2) 原告は平成二年七月二日付振込みは、平成二年六月一一日の一億五〇〇〇万円の貸付けに対する返済であると主張するが、右借入れは、平成二年六月一八日、三〇〇〇万円、同日、六〇〇万円、同日、五四〇〇万円、同月二二日、六〇〇〇万円をいずれも住友銀行虎ノ門支店原告口座に振込み、返済した。

(八) 平成二年七月九日交付の一億円(以下「平成二年七月九日交付分」という。)について

(被告ら)

(1) 平成二年七月九日交付分の事実は認めるが、平成二年七月一六日に一億円を振り込んで返済した(以下「平成二年七月一六日付振込み」という。)。

(2) 原告は、平成二年七月一六日付振込みは、同年六月五日の三〇〇〇万円及び同年七月四日の七〇〇〇万円の各貸付けに対する返済であると主張し、被告らは、同年六月五日の三〇〇〇万円の貸付けについては同月一二日の五〇〇〇万円の振込返済の中に含まれ、同年七月四日の七〇〇〇万円の貸付けは同三年三月一一日の四億三四〇〇万円(三億三四〇〇万円及び一億円)の振込返済の中に含まれていると主張する。

原告は、平成二年六月一二日の五〇〇〇万円の振込返済は、同年四月一六日付七〇〇〇万円の貸付けに対するものであると主張し、被告らは、右貸付けは、同月一七日返済したと主張する。

(九) 平成二年七月二三日交付の二〇〇〇万円(以下「平成二年七月二三日交付分」という。)について

(被告ら)

(1) 平成二年七月二三日交付分の事実は認めるが、平成二年一〇月二六日に一億円の振込金(以下「平成二年一〇月二六日付振込み」という。)のうちの二〇〇〇万円を返済に充てた。

(2) 原告は、平成二年一〇月二六日付振込みは、平成二年三月三〇日の一億円の貸付けに対する返済であると主張するが、右一億円の借入れは認めるが、これは返済した。

5  被告らの相殺(過払利息に基づく不当利得返還請求権を自働債権とするもの)主張が認められるか。

(被告ら)

原告は、被告伊藤から別紙利息制限法超過の利息支払状況一覧表(1)ないし(5)記載のとおり、三億六八二四万二七〇四円の過払い利息がある。

したがって、原告主張の一〇億円は弁済済みであるが、仮にそれが認められないとしても右不当利得返還請求権の対当額をもって相殺する。

6  仮に、4又は5の事実が認められ、原告の損害が被告伊藤によって減少又は消滅したとしても、被告伊藤は、原告と被告伊藤との昭和六三年九月一四日から平成三年一〇月一日までの取引全体の担保として原告に本件小切手を差し入れたものであり、右期間の貸付け残が一一億五〇〇〇万円あるからいずれにしてもその範囲内の一〇億円の損害賠償義務を被告らは負うといえるか。

第三争点に対する判断

一  争点の判断に入る前提として被告らは、平成元年一二月一三日ころから同二年七月九日ころまでの間、九回にわたり本件小切手を担保に原告から金員の交付を受けたのは被告伊藤ではなく、同被告の経営する訴外シーケイジャパンである旨主張しているのでこの点についてまず検討する。

原告は、被告らに対し、金銭の消費貸借に基づき返済を求めているのではなく、被告伊藤の行った騙取行為に対し被告らの不法行為責任を求めているのであり、仮に被告伊藤が訴外シーケイジャパンの名前を使ったとしても欺罔の手段として被告伊藤が訴外シーケイジャパンの名前を用いたにすぎないから被告らの責任には何ら影響しないというべきである。

二  争点1について

甲一ないし四、一五、一〇六、乙八六の1ないし3によれば、被告中村は、被告秋田信金南通り支店長に在職中、被告伊藤の預金の裏付けがなく、預金小切手を被告伊藤に交付することはできないにもかかわらず権限を濫用し、本件小切手を偽造して作成し、被告伊藤に交付したことが認められる。

また甲一ないし一四及び弁論の全趣旨によれば、被告伊藤は、被告中村から交付を受けた偽造の本件小切手を用いて原告から金員を騙取しており、被告中村と同伊藤には、原告から金員を借用名下に騙取するについての共謀があったことが認められる。

三  争点2について

1  原告は、平成二年一二月二七日、現金で三億円を被告伊藤に貸し付けたと主張し、その根拠として甲六を提出している。

これに対し、被告らは、三億円の借入れの事実は認めるが、四〇〇〇万円は金利で天引きされ実際には二億六〇〇〇万円が原告から振り込まれ(乙三九の76)、平成三年三月一一日に元利合計三億三四〇〇万円を原告に振り込み返済した(乙二)と主張する。

原告は、右三億三四〇〇万円の振込みは、平成二年一二月二七日付の貸付けの返済ではなく、

平成二年六月二一日の三五〇〇万円(甲一七)

平成二年一一月八日の三億円(甲一八)の貸付けに対する返済として前記三億三四〇〇万円の振込みと現金一〇〇万円を受け取ったと主張する。

2  いずれの主張、証拠に信憑性が認められるかであるが、乙三九の76は被告伊藤の経営するシーケイジャパンの振替伝票であり、後日作成することも可能であることからすれば、信憑性がさほど高いものではないが、他方原告が根拠とする甲六も、被告伊藤の手書きの文書であり、右記載から天引きされたかどうか等は元々明確ではない。

ところで、被告らが平成二年一二月二七日付の貸付けとして主張する平成三年三月一一日の元利合計三億三四〇〇万円の振込み分について原告は前記別口の三億三五〇〇万円の返済であるとし、一〇〇万円は現金で受領したと主張している。しかし、三億三五〇〇万円の返済を三億三四〇〇万円の振込みと現金一〇〇万円に分けて返済を受けたというのは、いかにも不自然である。また、平成二年一二月二七日付の貸付けを原告は現金で三億円を被告伊藤に交付したと主張するが、三億円もの大金を現金で交付したとするのも不自然である。

以上からすれば、被告らの主張、証拠の方がより信憑性が高いといえるのであり、原告の平成二年一二月二七日付の貸付けとして現金で三億円を被告伊藤に交付したことは認められず、二億六〇〇〇万円が振り込まれたものと認められる。

四  争点3について

甲八は、被告伊藤の手書き文書であり、このような文書は前記2においても認定したとおり、天引きがあったかどうか等については明確なものではないが、いずれにしろ被告らの方で甲八の信憑性について具体的に主張立証がない以上、それなり信憑性は認めざるをえない。

本件小切手(一)(二)の額面に見合う六億円が平成二年四月二〇日までに貸し付けられており、甲三、一五によれば、平成二年五月二三日ころ、本件小切手(三)を被告伊藤が原告方に持参したことが認められるところ右小切手を担保にして更に貸付けが行われたとみられることからすれば、貸付金額が借用証記載どおりの金額かどうか、また、貸付方法が現金かどうかについては疑義は残るが、甲八に基づき平成二年五月二三日に本件小切手(三)を担保に原告から被告伊藤に三億三〇〇〇万円が貸し付けられたと認めざるをえない。

五  争点4について

1  平成元年一二月一四日交付分について

(一) 平成元年一二月一四日付交付分に対し平成二年三月八日付振込みにより弁済が行われたかどうかについての原告と被告らの主張は「三 争点」の4(一)のとおりである。

(二) 原告は、平成二年四月四日、訴外シーケイジャパンが、二億七〇〇〇万円を住友銀行丸の内支店から同銀行虎ノ門支店原告口座に振り込んだ分(乙七)については、平成二年二月二六日の二億円の貸付けに対する返済ではなく、同年三月七日被告伊藤に貸し付けた二億七〇〇〇万円に対する返済であると主張する。

これに対し、被告らは、甲二四は、被告伊藤が平成二年三月七日付で原告に宛てた二億七〇〇〇万円の借用証であるが、右借用証は、同年二月二六日の原告からの二億円の借入れを返済しないまま、同年三月七日被告伊藤から七〇〇〇万円を借入れ(乙一八の12)、そのときに合計額二億七〇〇〇万円の右借用証を作成したものであり、右二億七〇〇〇万円の中に同年二月二六日の二億円は含まれているから同年三月七日の二億七〇〇〇万円を返済したということは、同年二月二六日の二億円の返済をしたことになると主張する。

しかし、被告らの甲二四の二億七〇〇〇万円の借用証の中に平成二年二月二六日の二億円が含まれていることを裏付ける確たる証拠はなく、右事実は認められないというべきである。

そうすると、平成二年三月八日付振込みにより、平成元年一二月一四日付交付分の損害を弁済したと認めることはできない。

2  平成元年一二月二七日交付分について

平成三年三月一一日付振込みが、平成元年一二月二七日貸付けの返済かどうかが争点である。

原告は、平成三年三月一一日付振込みは、平成元年一二月二七日交付分に対する返済ではなく、平成二年六月二一日の三五〇〇万円及び同年一一月八日の三億円の貸付け(合計三億三五〇〇万円)分に対する返済であると主張するが、右原告の主張が認められないことは前記三2で述べたとおりである。

したがって、平成三年三月一一日付振込みにより平成元年一二月二七日交付分の損害を弁済したと認められる。

3  平成二年四月二〇日交付分について

(一) 平成三年一月二八日付振込みが、平成二年四月二〇日付貸付けの返済かどうかについての原告と被告らの主張は、「三 争点」の4(三)のとおりである。

(二) 原告は、平成三年一月二八日付振込は、平成二年八月一〇日の一億円の貸付け(甲七)に対する返済であると主張するが、乙一〇、一一によれば、右貸付けに対する返済は、同年九月一〇日、同月一四日に各五〇〇〇万円の振込みによりなされており、また、原告は、同年九月一〇日、同月一四日に各五〇〇〇万円の振込みは、同年七月二七日の一億円の貸付けに対する返済であると主張するが、乙二五の4によれば、右貸付けに対する返済は、同年八月八日の一億円の振込によってなされていると認められる。

したがって、原告の主張は認められず、平成三年一月二八日付振込みは、平成二年四月二〇日交付分の損害を弁済したと認められる。

4  平成二年五月二三日交付分について

平成二年五月二三日交付分については、被告伊藤が、同年六月二〇日に原告に支払った三億五〇〇〇万円により返済されたことについては、原告も認めるところである(原告の平成五年三月一五日付準備書面の別紙取引関係一覧表の貸付番号61)。

したがって、平成二年五月二三日付貸付け分の損害については、同年六月二〇日に弁済されている。

5  平成二年五月三一日交付分について

(一) 被告らは、平成二年五月三一日交付分については、その日である平成二年五月三一日付振込みにより弁済したと主張し、原告も右振込みの事実は認めるが、右振込みは他の貸付分に対するものであると主張する。

(二)(1) 原告は、平成二年五月三一日付振込みは

平成二年五月一九日の五〇〇〇万円の貸付け(甲二〇)

に対するものであると主張する。

これに対し、被告らは、右貸付けについては

平成三年五月一三日の二億九四〇〇万円の振込み(乙一四の1ないし3)

により返済したと主張する。

すなわち、右二億九四〇〇万円の内訳は

①平成二年二月二八日付借入一億五〇〇〇万円の残五〇〇〇万円

一億円は、平成三年四月二六日返済

②同年五月一〇日付借入一億五〇〇〇万円

③同年五月一九日付借入五〇〇〇万円

④同年一二月三一日付借入三〇〇〇万円

⑤同三年一月三一日付借入五〇〇〇万円の残一四〇〇万円

であると主張する。

(2) これに対し、原告は、

右①の一億五〇〇〇万円

右②の一億五〇〇〇万円

右④の三〇〇〇万円

右⑤の五〇〇〇万円

の合計三億八〇〇〇万円については、

平成三年二月四日 二〇〇〇万円

同年五月一三日 二億九四〇〇万円

同年八月六日 六六〇〇万円

として弁済を受けたが、③及び①、⑤については全く弁済を受けていないと主張する。

(3) これに対し、被告は、次のとおり主張する。

①の平成三年四月二六日の一億円返済は、

平成二年二月二八日付借入一億五〇〇〇万円

平成三年四月一九日付借入二〇〇〇万円

同年四月二六日付返済一億二〇〇〇万円(平成二年二月二八日付借入のうち一億円及び右平成三年四月一九日付借入二〇〇〇万円、乙二八)

平成三年五月一三日付返済五〇〇〇万円

という借入、返済の中に含まれており、平成三年四月二六日に平成二年二月二八日付借入のうち一億円は返済された。

また、原告の主張する平成三年二月四日付二〇〇〇万円は、前記⑤同三年一月三一日付借入五〇〇〇万円の残一四〇〇万円の返済状況は、

平成三年二月四日 二〇〇〇万円返済(乙二六の5)

同年五月三一日 一六〇〇万円返済(乙二三の3)

であるからその中に含まれている。

さらに、原告の主張する平成三年五月一三日の二億九四〇〇万円の返済は、前記のとおりである。

(4) 被告らの主張は、掲記した証拠によって認められるから、平成二年五月三一日付貸付け分の損害については、平成二年五月三一日付振込みにより弁済したと認められる。

6  平成二年六月七日交付分について

(一) 平成二年六月八日付振込みが、平成二年六月七日交付分の返済かどうかについての原告と被告らの主張は、「三 争点」の4(六)のとおりである。

(二) 原告は、平成二年六月八日付振込みは、同年四月二五日の一億円の貸付け(甲二一)についての返済であると主張し、被告らは、右貸付けについては、平成三年二月四日に返済した(乙一二)と主張し、原告は、右返済分は、平成二年一一月二七日の五〇〇〇万円(甲三二)及び同三年一月三一日の五〇〇〇万円(甲三三)であると主張し、被告らは、右貸付けについては、平成二年一一月二七日の五〇〇〇万円については、同年一二月二八日に返済(乙二六の4)し、同三年一月三一日の五〇〇〇万円については、同年五月一三日に返済(乙一四の2、3)したと主張する。

右被告らの主張はいずれも掲記の証拠によって認められる。

したがって、原告の主張は理由がなく、平成二年六月七日交付分の損害は、平成二年六月八日付振込みにより弁済されたと認められる。

7  平成二年六月二六日交付分について

(一) 平成二年七月二日付振込みが、平成二年六月二六日交付分の返済かどうかについての原告と被告らの主張は、「三 争点」の4(七)のとおりである。

(二) 原告は、平成二年七月二日付振込みは、同年六月一一日の一億五〇〇〇万円の貸付け(甲三四)に対する返済であるとするが、乙二七の4、5、6、9、10によれば、被告伊藤は、同年六月一一日の一億五〇〇〇万円の貸付けに対しては、同年六月一八日に三〇〇〇万円、同日六〇〇万円、同日五四〇〇万円及び同月二二日六〇〇〇万円を返済していることが認められる。

したがって、平成二年六月二六日付貸付け分の損害は、平成二年七月二日付振込みにより弁済されたと認められる。

8  平成二年七月九日交付分について

(一) 平成二年七月一六日付振込みが、平成二年七月九日交付分の返済かどうかについての原告と被告らの主張は、「三 争点」の4(八)のとおりである。

(二) 原告は、平成二年七月一六日付振込みは、同年六月五日の三〇〇〇万円(甲二二)及び同年七月四日の七〇〇〇万円(甲二三)の各貸付けに対する返済であると主張し、被告らは、同年六月五日の三〇〇〇万円の貸付けについては同月一二日の五〇〇〇万円の振込返済(乙一五の1ないし5)の中に含まれ、同年七月四日の七〇〇〇万円の貸付けは同三年三月一一日の四億三四〇〇万円(三億三四〇〇万円及び一億円)の振込返済(乙二、一六)の中に含まれていると主張する。

原告は、平成二年六月一二日の五〇〇〇万円の振込返済は、同年四月一六日付七〇〇〇万円の貸付け(甲三九)に対するものであると主張し、被告らは、右貸付けは、同月一七日返済(乙二九ないし三一)したと主張する。

原告が、平成二年七月一六日付振込みは、同年六月五日の三〇〇〇万円の貸付けに対する返済であると主張することについては、被告らの主張事実が掲記の証拠によって認められるので原告の右主張は失当である。

また、原告が、平成二年七月一六日付振込みは、同年七月四日の七〇〇〇万円の貸付けに対する返済であると主張することについて、被告らは前記のとおり右貸付けについては、同三年三月一一日の四億三四〇〇万円の振込返済の中に含まれていると主張する。原告は、四億三四〇〇万円の内三億三四〇〇万円の振込返済については、前記2のとおり主張するが、右主張が認められないことは前記のとおりである。また、四億三四〇〇万円の内一億円については、原告は、平成二年七月一七日付の一億円の貸付けに対する返済であると主張するが、被告らは、右貸付けについては、平成二年八月三日に四五〇〇万円及び五〇〇万円、同月六日に五〇〇〇万円を返済(乙三三、三四、三五)したと主張する。

原告が、平成二年七月一六日付振込みは、同年七月四日の七〇〇〇万円の貸付けに対する返済であると主張することについては、被告らの主張事実が掲記の証拠によって認められるので原告の右主張は失当である。

したがって、平成二年七月九日付貸付け分の損害は、平成二年七月一六日付振込みにより弁済されたと認められる。

9  平成二年七月二三日交付分について

(一) 平成二年一〇月二六日付振込みが、平成二年七月二三日交付分の返済かどうかについての原告と被告らの主張は、「三 争点」の4(九)のとおりである。

(二) 原告は、平成二年一〇月二六日付振込みは、同年三月三〇日の一億円の貸付け(甲四一)に対する返済であると主張するが、被告らは、同年三月三〇日には、一億円と二〇〇〇万円の二口の貸付けがあり(乙二〇の1)、右二口の貸付金については、同年四月二〇日に返済した二億四〇〇〇万円(乙二〇の2ないし4)により返済したと主張する。

被告ら主張の事実は、主張部分に掲記した証拠によって認められるので平成二年七月二三日交付分の損害は、平成二年一〇月二六日付振込みにより弁済されたと認められる。

六  争点5について

1  原告は、被告らの不法行為に基づく損害が、弁済により消滅したとしても原告と被告伊藤との間の金銭消費貸借は、昭和六三年九月一四日から平成三年一〇月一日まで多数にわたって行われており、その貸付け残が一一億五〇〇〇万円あり、被告伊藤は、右取引全体の担保として本件小切手を原告に差し入れたものであるから、被告らはいずれにしても右金額の範囲内である一〇億円の損害賠償義務は負うと主張する。

2  しかし、被告伊藤が、原告に対し、偽造の本件小切手を用いて金員を交付させたのは、平成元年一二月一四日、同月二七日ころ、平成二年四月二〇日、同年五月二三日、同月三一日、同年六月七日、同月二六日、同年七月九日ころ、同月二三日ころの合計九回であり、また、その時々に交付された金額もそれまでに担保として原告に交付されていた小切手の額面に対応していたものであり、被告伊藤は、同被告と原告との昭和六三年九月一四日から平成三年一〇月一日までの間の全取引の担保として本件小切手を原告に差し入れたものとはいえないから被告伊藤と原告との全取引の貸付け残である一一億五〇〇〇万円をもって右金員が被告伊藤及びその他の被告らの不法行為に基づく損害とはいえないというべきである。

七  争点6について

1  被告らは、原告は、訴外シーケイジャパンと原告との昭和六三年九月一四日から平成三年一〇月一日までの間の全取引において訴外シーケイジャパンから別紙利息制限法超過の利息支払状況一覧表(1)ないし(5)のとおり利息制限法の定める利率を超える利息三億六八二四万二七〇四円を受領しているとし、仮に被告らに損害賠償義務が認められるとしても対当額で相殺すると主張し、右過払利息額を立証するための証拠として乙三九の1ないし225を提出している。

2  しかし、被告らの提出する証拠の大半は、伝票類であり、後日作成することも不可能ではない書類であって右書証自体の信憑性も慎重に検討しなければならないところであるが、仮に訴外シーケイジャパンが原告に幾らかの過払利息を支払っていたとしても、それは、訴外シーケイジャパンが原告に対し有する不当利得返還請求権であり、原告の被告らに対する損害賠償請求権とは対応しておらず相殺することはできないというべきである。

以上により、被告らの相殺の主張は理由がない。

八  結論

以上によれば、原告の被告らに対する請求は、本件不法行為に基づく損害賠償請求権のうち二億円及び平成二年七月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中治)

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